また、日本の工房がライセンスを得るということは、日本の北欧家具普及史において大変異例なことでした。 当時、No.53のライセンスを相続していたフィン・ユールの奥様(Hanne Wilhelm Hansen)が、キタニの家具職人の技と気質に信頼を寄せ、特別にデンマーク以外の国へ製作ライセンスを貸与されたのです。それ以来、日本でのフィン・ユールの知名度は徐々に高まり、同時に北欧家具全般が日本の一般の方々に広まって行くことになったのです。今では、この日本での広がりがさらにアジア全般に広まっています。
No.53イージチェア及び、No.53ソファは、キタニ製からデンマークの家具メーカー “House of Finn Juhl” にライセンスが継承され、製作は続けられますが、キタニがライセンスを取得した記念に採用することにした、日本の固有種である山桜(ヤマザクラ)によるFJ-53の製作は途絶えることになります…。